東北地方太平洋沖地震から7年
7年前の3月11日, 私とO田先生とKさんと台湾地質調査所に打ち合わせに行っていました. 打ち合わせが終わった頃に「日本で大きな地震が!」とテレビを見せてくれて知ったのですが,津波が来る前の映像でした.我々はこの先の大事態は考えず帰宅へ.私は車でO田先生を送りKさんを中歴市まで送り地質調査所を出てから約3時間後に台北に戻りテレビをつけて言葉が出なかった. 今まで見た事もない映像とニュースの内容で,何が起こっているのか把握出来ませんでした. 直ぐに調査団が結成され,A藤先生が声をかけてくれ,私も東北調査に参加をさせて頂く機会を得る事が出来ました. 「現地調査に行きます」とO田先生に伝えると,即A藤先生のところへ電話をして「なぜ私じゃないの?Nさん外して私を行かせない」と言った言葉,今でもよく覚えています.当時83歳の御婦人だけれど研究者で,彼女からみると私なんて学部生以下以下な存在ですよね. O田先生にはいい顔されなかったけれど,私は震災から一か月後,現地調査で聞取り調査と遡上高の計測に岩手県沿岸部へ行った.その後は,ひとりで調査に3度出掛けた.経費がないから車の中で生活しながら調査を行った. その時の論文はもちろんファーストじゃない. http://adsabs.harvard.edu/abs/2013NHESS..13.2173A この時から沢山の先生に知り合い後押しされ研究に向き合う事ができ,今地球科学の研究をしています. 思うように出来ず落ち込む事がほとんど.皆さんとバックグラウンドが違うからという理由は言い訳で,時間がないとか物理的な理由でもなく,つらい事は多い.当然だ. ただ,学位持っていない私でも「教育」をする機会はあり語る事もあり,とても有意義だと思う.本当に多方面の皆さんに支えて頂いていると実感しています. 東北地方太平洋沖地震から7年,研究も教育も,もっともっと語れるヴィジョンを持たなければならないと考えた一日でした.